多くの中小企業にとって、人件費は費用のなかで最も大きく、そして最も動かしにくい項目です。仕入や広告費は状況を見て絞れますが、給与は下げられません。だからこそ人件費は「使ってから振り返る」のではなく、先に計画しておくことの価値が最も大きい費用だといえます。この記事では、専任の管理会計担当がいない会社を前提に、人件費計画の立て方を5つのステップで整理します。
人件費計画とは
人件費計画とは、これから1年(あるいは数年)で人に支払う費用が、いつ・いくらになるかを見積もったものです。年間の総額だけでなく、月ごと・部門ごとに分けて置くのが実務上のポイントになります。
人件費計画があると、次の判断ができるようになります。
- 今の利益水準で、この採用計画に耐えられるのか
- 昇給や賞与を予定どおり出すと、年間の利益はどう変わるのか
- 賞与や社会保険料の支払いが重なる月に、資金が足りるか
- 部門ごとに、売上に対して人件費が重すぎないか
逆にいえば、人件費計画がないまま採用を決めると、その影響が損益に出てくるのは半年後の試算表を見たときになります。採用は取り消しがきかないため、そこで気づいても打てる手はほとんど残っていません。
人件費に含まれるもの
まず「何を人件費として数えるか」を決めます。ここが会社のなかで揃っていないと、計画と実績を比べたときに数字が合いません。一般に人件費として扱われるのは次の項目です。
- 給与・手当 — 基本給、役職手当、残業代、通勤手当など
- 賞与 — 夏季・冬季賞与、決算賞与
- 法定福利費 — 社会保険料(健康保険・厚生年金・介護保険)と労働保険(雇用保険・労災保険)の会社負担分
- 福利厚生費 — 健康診断、慶弔費、社内行事など法定外のもの
- 退職給付費用 — 退職金の引当や、中小企業退職金共済などの掛金
- 採用・教育費 — 求人媒体費、紹介手数料、研修費
- 役員報酬 — 分けて管理するか含めるかは会社の方針次第
見落としやすいのは法定福利費の会社負担分
社会保険料は会社と本人が折半で負担します(厚生年金保険料は現行18.3%を労使折半)。健康保険・介護保険・子ども・子育て拠出金・雇用保険・労災保険を合わせると、会社負担分は給与総額のおおむね15%前後になることが多く、給与を100万円増やすと実際の負担は115万円前後になる計算です。料率は年度・都道府県・業種によって変わるため、計画時は必ず協会けんぽや厚生労働省の最新の料率表で確認してください。この会社負担分を計画に入れ忘れると、年間で無視できない差が出ます。
人件費計画の立て方5ステップ
ステップ1: 現状の人件費を洗い出す
出発点は、直近12か月の実績です。給与台帳や会計データから、月別 × 部門別に人件費を並べます。ここで年間合計だけを見ると、賞与月や社会保険料の年度改定といった山谷が消えてしまい、資金繰りの検討に使えなくなります。
部門別に分けておくと、後で「どの部門の人件費が売上に見合っているか」を判断できます。部門の切り方に迷う場合は部門別損益とは?を参考にしてください。
ステップ2: 今いる人の増減要因を織り込む
次に、現在の在籍者について来期に起きる変化を反映します。人を増やさなくても人件費は動きます。
- 定期昇給 — 昇給の実施月と、全体で何%上げるか
- 賞与 — 支給月と、月給の何か月分を想定するか
- 社会保険料率の改定 — 料率が変われば会社負担分も変わる
- 定年退職・すでに決まっている退職 — 退職月から人件費が減る
- 残業時間の見込み — 繁忙期のある会社では月ごとに差を付ける
まずは「今の人員のままなら人件費はいくらになるか」を確定させます。この土台がないと、採用の影響だけを取り出して評価できません。
ステップ3: 採用・退職の計画を月単位で入れる
その上に採用計画を重ねます。ここで最も間違えやすいのが、年間の人数だけを決めて年額を12で割ってしまうことです。10月入社の人の人件費は、その期には3か月分しか発生しません。逆に、採用にかかる紹介手数料は入社月にまとめて出ていきます。
- 入社予定月を1人(あるいは1ポジション)ごとに置く
- 想定年収から月額に割り戻し、入社月以降だけに計上する
- 求人媒体費・紹介手数料は発生見込みの月に置く
- 採用が計画どおり進まないことも多いため、時期は少し保守的に見る
ステップ4: 法定福利費を率で載せる
給与・賞与が月別に固まったら、その上に法定福利費を計算します。1人ずつ標準報酬月額から積み上げる方法もありますが、中小企業の計画段階では給与・賞与の合計に会社負担率を掛ける概算で十分なことがほとんどです。
大事なのは精度そのものよりも、率を1か所で管理し、変えたら全部門・全月に一度で反映できる形にしておくことです。率が各所に散らばっていると、料率改定のたびに直し漏れが起きます。
ステップ5: 売上・利益と突き合わせて妥当性を見る
最後に、できあがった人件費計画が会社の稼ぐ力に見合っているかを確認します。よく使われる指標は次のとおりです。
- 労働分配率(人件費 ÷ 粗利益) — 稼いだ粗利のうち、どれだけを人に配分しているか。業種による差が大きいため、他社比較より自社の推移を見るほうが役に立つ
- 売上高人件費率(人件費 ÷ 売上高) — 売上に対する重さ。粗利率が業態で違うため、労働分配率と併せて見る
- 一人当たり売上高・一人当たり粗利益 — 増員が生産性を伴っているかの確認
計画した人件費でこれらの指標が過去より悪化するなら、増員に見合う売上計画があるか、あるいは増員時期を後ろにずらせないかを検討します。人件費は固定費として損益分岐点を押し上げるため、損益分岐点とは?の考え方と併せて見ると判断しやすくなります。
立てた計画を「置いたまま」にしない
人件費計画の価値は、立てた時点ではなく運用の段階で出ます。毎月、計画と実績を並べて差を確認し、ズレの理由を押さえておくことが大切です。
- 残業代が計画を超え続けている — 人手不足のサインで、採用を前倒す根拠になる
- 採用が計画より遅れている — 人件費は浮くが、売上計画のほうが未達になりやすい
- 法定福利費だけがズレている — 料率や標準報酬月額の前提が古い可能性がある
差異の読み解き方は予算実績差異分析とは?で、予算全体の組み立て方は予算編成の進め方で解説しています。
Excelでの人件費計画でつまずきやすい点
考え方自体は難しくありません。つまずくのは、たいてい毎月の更新のほうです。
- 人別シートが横に長くなる — 1人1行 × 12か月 × 部門で、スクロールしないと全体が見えない
- 入社・退職のたびに行を足し引きする — 行を挿入すると集計式の範囲がずれ、合計が合わなくなる
- 法定福利費の率が各シートに散らばる — 料率改定のときに直し漏れが起きる
- 部門別と全社の数字が合わない — 部門シートを直したのに合計シートへの反映を忘れる
- 実績との突き合わせが手作業 — 給与データを毎月コピー&ペーストして貼り位置を間違える
- 組織変更で過去との比較ができなくなる — 部門を統廃合すると、前年同月と並べられなくなる
Excel管理全般の限界については予算管理にExcelの限界を感じたら?でも整理しています。
ツールを使うとどこが楽になるか
Zidottoは、数字を「部門 × 勘定科目 × 期間」といった複数の軸で管理し、軸を切り替えるだけで集計し直せる予算実績管理ツールです。人件費計画では、次のような点で手間が減ります。
- 月別・部門別を同じデータで持てる — シートを分けないため、部門合計と全社合計がずれない
- 階層集計の自動化 — 「全社 → 事業部 → 課」の親子関係を持たせれば、末端に入れた数字が上位に自動で集計される
- 予算・実績・見込みを並べて比較 — 計画と実績を同じ画面に置き、月ごとの差をそのまま確認できる
- CSV/Excel連携 — 給与システムや会計ソフトから実績を取り込み、会議資料へ書き出せる
- AIによる要約(解釈) — 表示中のデータを日本語で要約し、どの部門の何が効いているかへの気づきを後押し
実際の画面イメージは画面ツアーで、使いどころは活用シーンで紹介しています。
まとめ
- 人件費は最大かつ最も動かしにくい費用で、事後の振り返りより事前の計画の価値が大きい
- 人件費には給与・賞与のほか、法定福利費の会社負担分(給与のおおむね15%前後)や採用・教育費まで含めて数える
- 立て方は、①現状を月別・部門別に洗い出す ②今いる人の昇給・賞与・退職を織り込む ③採用計画を月単位で入れる ④法定福利費を率で載せる ⑤労働分配率などで妥当性を確認する、の5ステップ
- 年額を12で割らず、入社月・賞与月・料率改定月といった発生する月に置くことが、資金繰りの検討では特に重要
- 立てた計画は毎月実績と突き合わせ、残業や採用の遅れといったズレの理由を押さえる
- 集計と突き合わせを自動化できれば、表を作る手間ではなく「増員に見合う成果が出ているか」の解釈に時間を使える